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授賞式は参加するだけで小説がうまくなる

友だちの授賞式(贈賞式)に行ってきた。
大手出版社の主要文芸誌が合同で行う授賞式とあって超豪華。
その体験が自分のなかで本当にすごいできごととなったのでここに書き残しておく。

 

1 当日まで
友だちに自分の氏名と住所を報告した。
その後、招待状が届く。返信はがきが同封してあって、まんま結婚式の出欠を問うようなやつ。
もちろん出席にマル。御とか様とか定規で取り消してから返信はがきを投函する。
これでエントリーは完了。

2 受付
当日。会場は帝国ホテルの奥のほう。
受付で記帳。
何か所も同時に受付しているので待たされることはなかった。
記帳する項目は「会社名」「名前」のふたつのみ。
「個人で参加です」というと、「ではお名前を」とのこと。
招待状を見せるとか回収とか、お名刺をみたいなものはなかった。
ほか、取材の受付、仕事上での受付などもあった。

記帳が終わると係りの人が胸に赤い小さな造花をつけてくれた。
この赤い小さな造花が、受付を済ませた者という印となっているようだった。

2 会場
正面、見上げる位置に式典名が書かれた看板。その下にステージ。
金屏風、高そうな花瓶にでっかい生け花。マイクが一本。
ようするにテレビで見るのと同じようなやつ。
向かって右手は審査員の先生方、左手に受賞者のみなさんがいた。
一般参加者がつけているのは赤い小さな造花だけど、審査員の先生方は名前付きの花。受賞者のみなさんには名前付きのもっと大きな花がつけられている。

こちら側には整然と椅子が並べてあって、子どもの頃、学校の体育館でやる学校行事を彷彿とさせた。でも、座っているのは全員正装したおとなたちだ。
席は決まってないので好きな席に座っていいみたい。
真ん中が通路になっていたので通路脇の席に座ればステージ正面が見やすいと思って失敗した。式が始まるとカメラマンがたびたびカットインしてくるので見やすくはない。
やっぱり壇上に近い位置がベストポジション。手刀を駆使して中ほどの空いている席に座るべきだった。

3 授賞式
賞の贈呈→審査員の先生による講評→受賞者の言葉→代表取締役の挨拶という流れ。
審査員の先生のトップバッターが篠田節子、その次が高橋源一郎、その次が宮部みゆきと豪華の針振り切ってる。敬称略。ついぞ浮かばれなかった小説家志望の男が、死ぬ前に見る夢のようで、本当におれは死んでるんじゃないかと疑った。
さすがは文豪で一時間半という長丁場も、話がうまくてあっという間だった。
受賞者の言葉となるといってん、今度は初々しい。緊張で原稿を持つ手が震えていたして、授賞式全部ひっくるめてなんかもうほんとうによいものを見させてもらった。

4 パーティー会場へ移動
受賞式は三階で、パーティー会場は二階だった。
ここから参加するかたも多いようで、そのかたがた用の受付がある。赤い小さな造花をつけているものは受付不要だった。
途中、机が並べてあって、受賞者の作品が掲載されている文芸誌や、本になる前のパイロット版などが置いてある。仕事で必要なひとは持って行ってくださいという触れ込み。会場にいる者だったら、持って行っても文句はいわれないようだった。

5 パーティー
天井が高くて広大な空間がパーティー会場だ。
同人誌即売会でいうところの壁サーの位置に、帝国ホテルで営業しているお店のブースが並んでいる。立食パーティー形式で好きなものをもらってきて、好きなものが飲める。並んでいるお店がとにかく高級で、どのお店も美味しい。
顔をあげれば北方謙三とか森達也とか角田光代が敬称略でごろごろしている。やっぱり俺はいま死んでいるのかもしれない。そう考えるのがいちばん妥当だった。出版不況といわれているなか、ここまで豪華にやっていてはいかんのではないかというような背徳感もあって気が遠くなりかける。

受賞者である友だちには担当編集者さんがぴったりくっついてて、あちこちに引っ張られていた。そんな中、少しでも話せてよかった。

個人的に北方謙三の存在がめちゃでかくて、自分が小説家になれたときいつかお話をできたらと思っていたかただった。赤い小さな造花をつけているおれに文豪の時間を割いてもらうような大それた真似ができるわけない。
ゴールにしかいないと思っていたひとがすぐそこにいて、なおかつ、かなりお年を召している(ように見えた)ことに、なにか、心を支えている柱みたいなものを揺さぶられた。

目標としていたひとにうかつにあってしまった。でも、別にどうってことはなかったなと初体験をすませた青年のような心地になっていた。「ソープに行け」といっていたのはこういうことだたのかもしれない――と、あまりに豪華なパーティーのせいで心がバグってる。


会場出口で赤い小さな造花を返却。
友だちはこれ以上ない晴れの日に、これ以上なく輝いていた。あぁ、おれももっと小説頑張んないとなぁと思いながら、会場をあとにする。

総括

友だちは、幼い頃から小説家になるのが夢だったという。もしかすると、友だちが幼い頃にみた夢に迷い込んだのかもしれない。授賞式とパーティーはそれくらい豪華だったし、まさに夢のような時間だった。
もしもこうした授賞式に出席できる機会があったのなら、少々、煙たがられたとしてもお願いして行くべきだと思った。

出版はまぎれもなく文化であり、これからもそのメインストリームであろうとしていることが伝わってくる。才能のあるひとがいっぱいいて多くのひとが関わっている。それをまのあたりにできただけでも自分の中で大きな価値があることだった。

とはいえ、今回みたいな超豪華授賞式が行われるのもあとわずかだろうし、俺たちが目指した小説家たちはもうご高齢だ。そんなあたりから使命感のようなものも芽生えてくる。
会場にいるひとの小説うまい値の平均がとんでもなく高い。それにつられておれも小説がうまくなったんじゃないかって錯覚しているし、たぶん本当にうまくなってる。

授賞式は参加するだけで小説うまくなる説をこれから唱えていきたい。